他人と自分を比べて落ち込むのは自己受容ができていないから

SNSなどで他人の投稿をみて、「みんな頑張ってるのに自分は…」と落ち込んでしまう人がいます。

他者比較は必ず必要

はっきりとした自分の存在を確認するためには、必ず他者との比較が必要です。

他者と比較することで落ち込むから…と他者と自分を比較しないようにすると、確固たる自分の存在が認識できなくなってしまいます。

なので、比較して落ち込む傾向のある人は、他人と自分を比較しても落ち込むし、比較しなくても自分が一体なにをしたいのか?と悩むことになります。

一体どうすれば良いのでしょうか。

自己受容ができている人は落ちこまない

一方で、自己受容ができている人は、他者と自分を比較して落ち込むことがありません。

自分は自分、他者は他者であると分かっているからです。つまり、「カメがウサギのように陸上で走る競争をする必要がないことを知っている」ということです。

自分の欠点も含めて、自分のことを自分で丸々受容できている人は、他人のSNSの投稿を見て、自分も頑張ろう!と思います。

一方で、自己受容ができていない人は、他者の投稿をみて、自分にはあんな風にできない…と落ち込みます。

自己受容するために

”自分で自分のことを受容する”

当たり前ですごく簡単なように思いますが、実は自己受容がでていない人は結構います。

自己受容ができていない人は、他者の短所や欠点ばかりが目に付き、いつも誰かの文句を言っています。

逆に自己受容ができている人は、自分を含め、他者にも欠点があることを知っています。それが普通であることを理解しています。なので、それほど気になりません。

しかし、自分を深く内観できず、自己受容ができていない人は、自分で自分の欠点を見ないふりをしています。本当は、心の奥底では明らかな欠点があることを知っています。

しかし、それを認めてしまうと自分に価値がないような気がしてしまう、または、誰にも受け入れてもらえないのではないか?と、恐れています。

だから、自分には欠点がないようなフリをします。

しかし、実際は欠点があると受け入れないのは周りの人ではなく、自己受容ができていない自分自身です。自分が自分の欠点を受け入れないから、他者の欠点も受け入れることができないのです。

自己受容できている人は他者にも自分にも欠点があって当然であると考えているので、当然受け入れることができます。というより、それほど気にしていません。

人間は孤独を最も恐れます。

なぜなら、人類は肉体的にも精神的にも他の生物よりも弱く、団結し、村や社会を形成することでしか生き残ってこれなかったからです。何万年もの間、人間にとって孤独=死だったのです。

だから、他人に嫌われてしまうかもしれないような欠点は見たくないし、認めたくないのです。

なぜ自分の短所を認めることが怖いのか

過去に自分の欠点に関わることを他人に鋭く指摘されたり、詰問されたりした経験があると、人はそれを隠すようになります。

特に幼少期に親から指摘され、酷く怒られた経験がある場合、自分の欠点を見つめるときに恐怖の感情がセットで蘇ります。

しかし、現在はその時の環境ではありません。冷静に、「自分はその時責められたが、今は違う」と自分に言い聞かせることで改めて自分の欠点と向き合うことができます。

SNSを見て落ち込む人がやるべきこと

SNSを見て精神的に落ち込む傾向がある人は、自己受容ができているか確認してみると良いと思います。

具体的には、

  • 自分の欠点を冷静に考えてみる。その時に良い悪いという判断(解釈)はしないこと。事実を事実としてただ確認すること。
  • 他人と同じように自分はできない。同じように、他人も自分と同じようにはできない、ということを知ること。(※有名なウサギとカメの話では、実はカメは陸上でウサギと競争する必要は全くないのです。)

が大切だと思います。

 

自己受容ができている人にとっては、SNSを見ることや他者の話は自分を奮起させる材料になります。一方で、自己受容ができていない人は、SNSを見て落ち込み、他者の話を聞いて嫉妬します。酷い場合は成功しようとしている人の足を引っ張ろうとする場合もあります。

なぜなら、自分を許すことができないために、他者も許せないからです。

解決策はただ一つで、”自分のダメなところも許すこと”です。そうすれば、他者も許すことができます。これが自己受容ができている、ということです。

 

これ、ないしょですよ…