幸福度の観点から考える「お金の使い方・稼ぎ方」

「あと年収が100万円増えたらどんなに良いか…幸せになるためにはお金を稼がないと」と思っている人も多いように感じます。しかし、本当にそうでしょうか?

今はモノ不足の時代からモノ余りの時代へと移行しています。つまり、モノの「量」で豊かさを感じる時代は終わり、モノの「質」で豊かさを感じる時代になってきています。

家電はすでにある程度揃ってるし、車など高価なものはレンタルで十分。多くの場合、本当に生活な必要なものはすでに身の回りにあります。

お金も同じで、これからは量ではなく、質に目を向けると幸福感をより得やすくなります。

収入を増やすことだけに意識を集中しない、新しい考え方として、幸福になるお金の使い方と稼ぎ方についてご紹介します。

幸福なお金の使い方

現代だと、お金の量、つまり「収入はいくらなのか?」ばかりに目が行きがちですが、同じ量のお金でも「それをどう使うのか?」で内包するお金の価値は変わります。これが私のいう”お金の質を高める使い方”という意味です。

たとえば、好きな人と好きな時にご飯を食べに行けば、大きな幸福感を得ることができます。

一方で嫌いな人と嫌々行く外食では幸福度が下がる場合があります。

私の例ですと、家族で銭湯に行き、風呂上がりにみんなでアイスを食べると最高に幸せな気分になります。入浴代も含めて、家族4人で実質3千円もあれば充分な幸福感が得られます。

これが苦手な人と行く飲み会だと、同じ3千円を使ってもこれほど幸福感を得られるかどうかというと微妙です。(私は元からお酒が飲めません…)

量的には同じ3千円といえども、何に使うのか?で大きくお金の価値は変わります。

これを自分なりにしっかりと考えておくことが幸せに、豊かに生きるためのひとつの知恵になることは間違いないです。

”お金の質”とは何か?

では、お金の使い方の質を高める場合、”質”とは一体何を指すのでしょうか?

この「質」という言葉は結構厄介で、どの業界でも「新人の質が年々下がっている」などと言われていたりします。

しかし、「質とは何か?」を定義しないままこのようなことを言っても、ある人は接客態度のことだと思っていたり、ある人は商品知識の希薄さのことを思って質の低下という言葉を使っている場合があります。つまり、人それぞれ質の定義が異なり、バラバラなので改善していくことができません。

なので質の定義を明確にしないと議論する意味もありません。

私ももちろん、お金の使い方における質について考えてきましたが、結局人によって違う、というのが結論です。

ただ、あなたが本当は何を望んでいるのか、何を得られれば幸福感を得られるのか?常に自分に問い続ける姿勢が必要なことは間違いありません。

徹底した内省、自分の内的な気持ちや微妙な感覚に気付く感性が必要なのです。

参考までに私の場合ですと、今は、子供たちと何かを経験することにお金を使うと満足感が高く、幸福度が上がります。

自分の洋服や時計、その他の身に付けるものは正直それほど幸福感が得られないので、なんでも良いなという感じです。むしろ、できるだけ安いものを買った方が「無駄使いしなかった!」と感じるため幸福度が上がります。

使う、あるいは使えるお金が増えれば幸福感が高まるというのは思い込みです。要らない所には「お金を使わない」方が確実に幸福感が高くなります。

しかし、そんな私も自身の子供が産まれる前、20歳代の頃は洋服にばかりお金を使っていましたし、見た目に関するものを購入することが満足感が高かったように感じていました。

なので、同じ人でも時期や環境によって豊かなお金の使い方は変わるものだと思います。

歳を重ねるとお金の使い方が変わる

お金の使い方は、歳を重ねるほど洗練されてくるように思います。なぜなら、生活する=お金を使うことなので、お金を使う経験値が増え、熟練していくからです。

私が本業のリハビリ職で接する多くの高齢者は、自分のためにはお金をあまり使いません。

臨時収入があると即、孫にあげたりします。

なぜかと言うと、それが自分を1番喜ばせるお金の使い方だと感覚的に理解しているからだと思います。

高価なものを買っても、いつかは壊れて使い物にならなくなります。せいぜいもって数十年というところです。

しかし、お金を愛する孫にあげた時の心地よい感覚は、いつまでも、この世を去る時まで心に残り、思い出して反芻することができます。

過去に経験した良い気持ちを思い出して反芻することは幸福に生きるために重要なことなのです。思い出を噛み締める瞬間は人が最も幸福を感じる瞬間のひとつです。

きっと、高齢者の皆さんは、幸せで豊かなお金の使い方を経験から理解しているのでしょう。

幸せになるお金の使い方
  • モノよりコトにお金を使う
  • 自分より、大切な誰かのためにお金を使う

どうやら、こういった所に幸せになる、豊かなお金の使い方があるように思います。

幸福なお金の稼ぎ方

お金を使うためにはお金を稼がないといけません。

お金の稼ぎ方にも幸福な稼ぎ方があります。もちろん、人の役に立ってお金を稼ぐ方が幸せな気持ちになります。これはいうまでもないと思います。

人を騙し、他者を悲しませて得る500万円と、人を喜ばせて得る400万円では、明らかに後者の方が幸福度が高い人生を送ることができます。

「人を騙してでも多く稼いだ方が良いやろ!資本主義だぞ」と思う人も結構多いかもしれません。もし、今そう思う人が多い世の中だとしたら、まだまだ幸福度を上げるために社会的に改善すべきところがあります。

この考え方が間違っていることを説明するために「水商売で働く人は散財しやすい」というケースをお伝えしたいと思います。

もちろん、水商売が人の役に立たない仕事である、という意味ではありません。

話が通じない、理屈が効かない酔っ払いを毎日相手にすることや、キャバクラのように相手に心にもないことを言って褒めるような事を毎日していると、ストレスが蓄積します。

このストレスの吐口は、得た収入にも向かいます。「こんなお金のために私はあんなに苦労した!」という憎しみがお金(水商売をして得たお金)に宿ります。

なので、大して行きたくもないホストクラブに通い、散財してしまったりします。つまり、憎いお金を無駄に使ってしまうことでストレス発散をしようとするのです。

お金に対して「あんたなんかそんな価値しかないのよ!」と言いたい訳です。これは何かの本で読んだ実話なのですが、本の名前を忘れてしまいました…。

実際、私の経験でも、過剰にストレスが掛かる仕事をしていると衝動買いをしてしまったり、モノで心の隙間を満たそうとする気持ちが強くなります。

しかし、仕事で充実感があると、お金を使うことを忘れると言いますか、モノで心の隙間を埋める必要が無いので、結果的に稼ぎが少ないとしてもお金をそれほど使う必要がなくなります。よって、お金が貯まりやすくなります。

人の仕事と幸福度の関係性は収入の多さだけでは測れません。

その仕事にどの程度ストレスを感じているか、満足しているか?で得たお金の使い方は無意識に変わってきます。

なので、できるだけ自分に合っている、ストレスの少ない場所で働くことが豊にお金を稼ぐコツです。量ではなく、質なのです。

私の場合ですと、本業であるリハビリ職は自分にとって天職だと思っています。人の心に寄り添い、この人はどんな人だろうか?どうしてこう考えるようになったのだろうか?何を感じているのか?そんなことを考えながら人と接することが大好きだからです。

しかし、病院で働いていると、同僚や上司、他人の目が気になり、自分らしく働くことが出来ませんでした。

訪問リハビリ(訪問看護)というフィールドに移ることで、1人で車に乗って各家庭を訪問できるので、より楽に、ストレスが少なく自分の持つ特性を発揮することが出来るようになりました。

収入もアップし、楽に前より沢山稼げるし、すごく豊かなお金の稼ぎ方が出来るようになりました。

同じ職業でも働く場所、フィールドを変えることで大きく幸福度は変わるのです。

楽に稼ぐことは悪か?

「仕事は苦労すればするほど尊い」という価値観を無意識に採用している人が多いように感じますが、これはすごく自己中心的な考え方であり、決して正しくはないと思います。

なぜなら、苦労していようがいまいが「対象者にどれだけ多くの価値を届けられたか?」が仕事においては最も重要であるはずだからです。

自分が苦労した=価値を対象者に届けたとはなりません。

むしろ、仕事は多くの場合ほぼ毎日取り組むことなので、楽をしてきちんと価値を与えられるほうが、長い目で見れば長続きします。最終的には沢山の人に価値を届けることができ、自分が世の中に与えられる価値の総量は上がります。

自分中心的な考えではなく、他者中心の考え方ができれば自分が苦労する=価値があるとはならないのです。

まとめ

これから日本は経済的に以前のようにいかなくなる可能性が高くなります。

そんな中で収入をキリなく上げていこうとすると、沢山の苦労が付きまといます。(資本主義社会では以前の成果を超えることが終わりなく常に求められます。)

それよりも、ある程度収入を上げる努力をしながら、今あるお金の使い方と稼ぎ方の質を高める方がより簡単で、手っ取り早く幸福度を高めることができます。

お金も人間関係も、SNSのフォロワーも、今まで量を求められていた分野は全て、量ではなく質を高める努力をしていくことが重要になっていくでしょう。

そのためには、お金を幸せに使うための人間関係構築などにも投資していかなければなりません。

人的資本や社会関係資本、つまりは人と社会との繋がりを作りつつ、モノではなくコトに意識を向けて生活していくことが重要になると思っています。